水橋郷土史料館だより No.25(平成15年12月3日)
平成15年の活動から
・日本海北前シンポジウム開催 −越中富山の「学び」の凝集地・水橋ウォーク
10月25日水橋で開催されたこの催しは、翌日の岩瀬、11月9日の新湊と続く一連の企画の初日でした。当日午前は、深井甚三富大教授が「幕末における水橋港の物流について」小松外二前館長が「海商・石黒屋権吉について」の演題で講演を行い、午後は「筆塚ウォーク」として、水橋の筆塚とその近くの史跡巡りを行いました。幸い好天に恵まれて、小松前館長の解説を聞きながら歩を進めた一行は、当史料館見学後解散しました。
・企画展「人づくりに見る時代」 −明治・大正・昭和 教育の軌跡
明治維新から現在まで、激動する時代の中で、求められる人間像も移り変わり、教育の制度や方法もそのつど変わってきました。
今年度の企画展では、水橋地区内・県内に残された様々な教育関係資料を集めて展示し、ご覧下さる皆様に、それぞれの時代を生きた人々の思いをたどっていただけばと考えました。
相馬御風の扁額と水橋夏期文化大学や東水文庫の紹介は古くから文化活動の盛んだった水橋の姿を浮き彫りにしました、また、富山県で二番目の図書館「真理館」について、水橋高校図書部の生徒が最近まとめた貴重な調査結果の一部をお借りしました。
昭和2年に海を渡ってもう喜寿を迎えるはずの青い目の人形はあどけないまなざしのまま来館者を迎えました。戦時中ほとんど焼かれて県内にも6体しか残っていないのが、水橋に3体も残っているのは驚きです。
小学生ではじめての立山登山の記録と写真、大井冷光ゆかりのオルガン、学童疎開関係資料、卒業写真や教科書、二宮金次郎像など様々な展示に加えて、今回見る人を驚かせたのは松村謙三14歳の修学旅行記です。深い漢籍の素養に基づいた名文は、今ほとんどの大人にも読み下しが難しいかも、と思われる格調高いものでした。また、各時代の子供の短文も、時代を彷彿とさせました。期間中、約300人が訪れています。
・第20回史料館歴史探訪旅行 京都・近江八幡の旅
史料館主催の歴史探訪旅行も今回で20回を数えることになりました。限られた条件で行ける場所は行き尽くした感もある中で、平安遷都以後1200年の歴史を誇る京都の地へまだ足を踏み入れていないことに気づくと、目的地の選定に迷いはありませんでした。
晩春5月19日、参加者31名を乗せたバスは、早朝7時史料館前を出発。北陸・名神高速道で京都
に到着するとまず食事。五条大橋に近い老舗で鴨川をわたるさわやかな風に吹かれながらの川床昼食は、まさに京都ならではの味わいでした。
午後、最初に訪れたのは下鴨神社です。ここの神域・史跡「糺の森」は東京ドームの約3倍の広さがあり、国宝と重要文化財の社殿55棟を含めて、平成6年に世界文化遺産に登録されています。若い神職の要を得た軽妙な解説は楽しく飽きさせませんでした。次にバスは大徳寺へ。ここは臨済宗大徳寺派の総本山」で、一体さんや、千利休と秀吉の確執の話でも知られています。写真を撮った後、塔頭興臨院を見学しました。続く見学地は仁和寺、徒然草第52・3段「仁和寺のある法師・・・」の話が思い出されます。ここでは霊宝館が特別公開されていました.
バスは京都を後に、この日の宿琵琶湖のほとりの雄山荘へ。古都の余韻にひたりながら、旅装とともに1日の快い疲れを解いたのでした。
二日日の見学は、わずかな時間でしたが、途中傘の花が開きました。最初の見学地は国指定の史跡、草津宿本陣です。末裔の方ならではの味わいのある解説とともに今回参加者の好評を博した所でした。
県立琵琶湖博物館は、公開されてから7年目に入る巨大な施設。回り尽くすことは無理で心を残しながら近江八幡市内の昼食会場へ移動しました。
昼食後訪れたのは近江八幡。市の歴史民俗資料館とかつて海外でも活躍した近江商人・西村太郎右衛門の住宅は、伝統的建造物群保存地区にありました。質素倹約、質実剛健をモットーに信用第一として商いの道を切り開いていった姿はそのまま水橋売薬商人の姿でもありました。ここからバスは一路水橋へ。まだ若いガイドの、私たちへの行き届いた心配りも二日間の旅を思い出多いものにしてくれました。
|